母の傷

2006年5月9日コメント (2)
私の母はとても気性の激しい人だった。
物心ついた時から恐怖しか覚えていない。
その血は妹に受け継がれているが(笑)

ただ、気性の激しい人は裏を返すととても脆いのだ。
母が最初に鬱になった時、私は「演技だろう」と思っていた。
自分を家に足止めするための・・。
それほど信じられなかった。あの強い母が・・と。

私が家に戻らなくなり、2年ほど彼氏と付き合った時に
「結婚するから」と言った。

その時から鬱になったのだ。
師の先生にも勿論すぐ相談した。
「更年期もあるけど、誰にも相手にされなくて寂しいのよ」
と、先生は仰った。

自分のやりたいようにやっていて何の不満が?と思った。
母には私も妹も恐怖を感じていたため、
面倒くさくなって適当に言う事を聞いていた。
父も母がうるさいので何も意見した事はなかった。

そうなのだ、家族全員が母と真正面に向き合っていなかったのだ。
誰も意見しない=誰にも相手にされていないと言う事だ。

そして、「子離れができてない」とも先生は仰った。
そのため「結婚」をきっかけに鬱になってしまったという。

先生の意見を聞いてからも2年ほど私は別れる事ができなかったが
その間の母は会う度に、泣いて土下座して「別れて」と懇願してた。
終いには「会うなら私を殺してからいけ」とまで言っていた。

そんな母を見て「可哀想」と思い、別れを決めた。
また、先生が「この人とじゃ縁がよくない」と言ったのも決め手だった。

その彼は確かに優しかったが、私の言いなりだった。
つまり、このまま結婚したら私が母のようになり
孤独な家庭を繰り返してしまうと言う事らしい。

頭で理解しても優しい手を離すのに2年もかかった。
ただ、私が孤独だったように母も孤独だったのだと思うと
母を見放すことはできなかった。

散々傷つけられたと思っていたが、母も耐え難い傷を
持っていたのだと最近思えるようになった。

コメント

ナノ
ナノ
2006年5月10日1:20

こんばんは、ミルクさん。

私の母も昔はとても厳しい気性の激しい人でした。
しかしその裏には父方の親戚中からの苛虐、父からの異常な
までの束縛があったようです。その所為で過食症となり
結婚してから30kg近く太ったそうです。

でも今の母は温厚です。しかしパニック障害も患っています。今は母と2人、支えあいながら生きています。

人間、外見だけでなく、内側に潜む事の方が大きいですね。
ミルクさんもとっても辛い思いをなさってきたのですね・・・。

どうか今日はゆっくり休む事が出来ます事を祈っています。

ミルク
ミルク
2006年5月10日14:40

ナノさん、こんにちは。

昨日はあれから状態が悪化し、今日は休んで
病院に行ってきました。
今は少し落ち着いてきました。

気性の激しすぎる人は崩れると脆い部分も持っていますよね。
お母様もパニック障害を患っておられるのですか。
お辛いでしょうね・・。
でも、辛い事を苦しい事で優しさに気づく時ってあるのでしょうね。
うちの母も今は優しいです。唯一の理解者でもあります。

ナノさんもゆっくり毎ペースに過ごして下さいね。

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